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第7話 可愛いって言わないで

مؤلف: 五慈あおい
last update تاريخ النشر: 2026-04-14 07:41:57

 鏡で髪を軽く撫でつけ、共用のコロコロを片手に、エプロンに糸や埃が付いていないか確認している。

 その姿が妙に手慣れてて、悔しいけどちょっとかっこいいのがムカつく。

「あ、佐伯 それ貸して」

「え? 今、俺使ってんじゃん。 見てわかんねーの?二歳児」

 相変わらず、佐伯は俺の事を幼児扱いしてくる。

 でも今日の俺はこの「ピンク」にメンタルをやられているから、その幼児扱いが普段の5倍刺さる。

「糸くずついてると店長に怒られるから。行く前に貸して欲しかっただけじゃん」

 俺が鏡で前身頃をチェックすると、佐伯は俺の背後に立った。

 貸してくれるのかと思って振り向くより先に、背中を一直線に、つつつー……と触れられる。

「うひゃあ!? なっ、なんっ、何してんのお前……!」

「……うわ、色気のねぇ声。萎えるわ……髪の毛ついてたから、取っただけじゃん」

 ほら、とコロコロの粘着テープ部分についた細い髪の毛を見せられる。

「マジで自分でやるからやめてくんない!?」

「ああ、そう。それならどーぞ」

 どすっ、と柄の方で腹を軽く突かれる。

 俺は間抜けなカエルのような声が出てしまって、そのすかした顔をぶん殴りたくて仕方がない。

 ぐぬぬ……と俺が苛立ちを隠せないまま後ろも一通りテープを転がし終えると、佐伯は制帽に手を掛けたまま言った。

「おバカちゃんにいいこと教えてあげる。フツーはみんな、着る前にコロコロするもんだよ」

「う、うっさいまじで!自分でもやってる時、それ思ったし!」

 こいつと居ると、怒りすぎて高血圧になりそう。

 俺もそろそろ行かないと、とむくれながら佐伯の後に続く。

 ドアノブに先に手を伸ばした佐伯が、突然振り返って言った。

「マジで似合ってると思う」

「へっ?」

 真顔だけど、いつものトーンじゃない。

 俺が困惑して見上げると、佐伯はふっと微笑みながら、一歩近づいて俺のポロシャツの襟に指を添えた。

「……毎日着てきてほしいくらい」

 すり、と襟の角度を直すように触れながら、小さな声で囁かれる。

「い、いや……それは無理」

「……なんで? 可愛い。もっと着てるとこみたい」

 距離が近くて、息がかかりそうで、頭の中が真っ白になる。

「か、可愛くないから……嘘つくのやめて」

 襟に触れていた手が、そのまま顎に添えられる。

 びくっ、と大袈裟なくらい体が震えると、そのまま軽く上を向かせられた。

「嘘じゃないよ。もう見られないなら、写真撮っておきたいくらい」

 なんだ、このゲロ甘な言葉攻めは。あ、新手の羞恥プレイ?

 でも、瞳の奥にいつものような小馬鹿にした、からかわれている気配はなくて、それが逆に心臓に悪い。

 佐伯は、まるで熱で縁がとろけたアイスに唇を這わせるみたいに、ゆっくり、逃げ道をふさぐ角度で耳元へ顔を寄せて言った。

「……やべー可愛い。死にそ」

 濃いチョコがとろりと崩れながら落ちてくるみたいに、低くて甘い声。

 耳の奥で熱がじわっと広がって、体の中まで溶かされそうなほどだった。

 固まった俺を見て、佐伯は満足そうに笑うと、俺の額を小突く。

「そろそろ行かないと、店長にブチギレられるわ。……その顔、なんとかしてから来いよ」

 バタン、と目の前でドアが閉まる。

「えっ……な、なに……まじで……」

 分かりにくいジョークだったのかもしれない。

 ガチで受け取っている俺の方が完全におかしいのでは……?

 横を向くと、鏡には目がうるうるして、耳まで真っ赤になった自分の顔が映っていた。

「うわ、いや…めっちゃキモいじゃん、おれ……」

 ていうか、佐伯、あいつなに?

 新手のいやがらせ? いじり? 意地悪?

 それとも……

(いやいやいやいや、ないないない)

 このあと四時間も同じ場所で働くのに、どんな顔で働いたらいいのか分からない。

 思わず両手で自分の頬をベチン!と叩くと、ちょうど入れ違いで入ってきた副店長が眉間に皺を寄せた。

「小瀧君、大丈夫?」

「…………いや、大丈夫じゃないっす」

「だろうね。ビックリしたよ」

 ふー、と息を吐きながら、俺はバックヤードから店頭に続くドアを押す。

 頭も、心も完全に混乱している。

「お待たせしました。ベリーチーズ&チョコです、お気をつけてお持ち下さい」

 店頭では、佐伯は新作フレーバーをスクープしてお客さんにアイスを渡している。

 さっき俺に向けた顔とは全然違う、嘘くさい笑顔をはりつけて。

 俺はその隣で、注文を待っているお客さんに試食用のアイスをつけて手渡す。

 時折、佐伯の方を見たけれど、その日の勤務が終わるまで、佐伯は俺の方を一切見ていなかった。

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