Mag-log in鏡で髪を軽く撫でつけ、共用のコロコロを片手に、エプロンに糸や埃が付いていないか確認している。
その姿が妙に手慣れてて、悔しいけどちょっとかっこいいのがムカつく。「あ、佐伯 それ貸して」
「え? 今、俺使ってんじゃん。 見てわかんねーの?二歳児」相変わらず、佐伯は俺の事を幼児扱いしてくる。
でも今日の俺はこの「ピンク」にメンタルをやられているから、その幼児扱いが普段の5倍刺さる。「糸くずついてると店長に怒られるから。行く前に貸して欲しかっただけじゃん」
俺が鏡で前身頃をチェックすると、佐伯は俺の背後に立った。
貸してくれるのかと思って振り向くより先に、背中を一直線に、つつつー……と触れられる。「うひゃあ!? なっ、なんっ、何してんのお前……!」
「……うわ、色気のねぇ声。萎えるわ……髪の毛ついてたから、取っただけじゃん」ほら、とコロコロの粘着テープ部分についた細い髪の毛を見せられる。
「マジで自分でやるからやめてくんない!?」
「ああ、そう。それならどーぞ」どすっ、と柄の方で腹を軽く突かれる。
俺は間抜けなカエルのような声が出てしまって、そのすかした顔をぶん殴りたくて仕方がない。 ぐぬぬ……と俺が苛立ちを隠せないまま後ろも一通りテープを転がし終えると、佐伯は制帽に手を掛けたまま言った。「おバカちゃんにいいこと教えてあげる。フツーはみんな、着る前にコロコロするもんだよ」
「う、うっさいまじで!自分でもやってる時、それ思ったし!」こいつと居ると、怒りすぎて高血圧になりそう。
俺もそろそろ行かないと、とむくれながら佐伯の後に続く。 ドアノブに先に手を伸ばした佐伯が、突然振り返って言った。「マジで似合ってると思う」
「へっ?」真顔だけど、いつものトーンじゃない。
俺が困惑して見上げると、佐伯はふっと微笑みながら、一歩近づいて俺のポロシャツの襟に指を添えた。「……毎日着てきてほしいくらい」
すり、と襟の角度を直すように触れながら、小さな声で囁かれる。
「い、いや……それは無理」
「……なんで? 可愛い。もっと着てるとこみたい」距離が近くて、息がかかりそうで、頭の中が真っ白になる。
「か、可愛くないから……嘘つくのやめて」
襟に触れていた手が、そのまま顎に添えられる。
びくっ、と大袈裟なくらい体が震えると、そのまま軽く上を向かせられた。「嘘じゃないよ。もう見られないなら、写真撮っておきたいくらい」
なんだ、このゲロ甘な言葉攻めは。あ、新手の羞恥プレイ?
でも、瞳の奥にいつものような小馬鹿にした、からかわれている気配はなくて、それが逆に心臓に悪い。 佐伯は、まるで熱で縁がとろけたアイスに唇を這わせるみたいに、ゆっくり、逃げ道をふさぐ角度で耳元へ顔を寄せて言った。「……やべー可愛い。死にそ」
濃いチョコがとろりと崩れながら落ちてくるみたいに、低くて甘い声。
耳の奥で熱がじわっと広がって、体の中まで溶かされそうなほどだった。 固まった俺を見て、佐伯は満足そうに笑うと、俺の額を小突く。「そろそろ行かないと、店長にブチギレられるわ。……その顔、なんとかしてから来いよ」
バタン、と目の前でドアが閉まる。
「えっ……な、なに……まじで……」
分かりにくいジョークだったのかもしれない。
ガチで受け取っている俺の方が完全におかしいのでは……?横を向くと、鏡には目がうるうるして、耳まで真っ赤になった自分の顔が映っていた。
「うわ、いや…めっちゃキモいじゃん、おれ……」
ていうか、佐伯、あいつなに?
新手のいやがらせ? いじり? 意地悪? それとも……(いやいやいやいや、ないないない)
このあと四時間も同じ場所で働くのに、どんな顔で働いたらいいのか分からない。
思わず両手で自分の頬をベチン!と叩くと、ちょうど入れ違いで入ってきた副店長が眉間に皺を寄せた。「小瀧君、大丈夫?」
「…………いや、大丈夫じゃないっす」 「だろうね。ビックリしたよ」ふー、と息を吐きながら、俺はバックヤードから店頭に続くドアを押す。
頭も、心も完全に混乱している。「お待たせしました。ベリーチーズ&チョコです、お気をつけてお持ち下さい」
店頭では、佐伯は新作フレーバーをスクープしてお客さんにアイスを渡している。
さっき俺に向けた顔とは全然違う、嘘くさい笑顔をはりつけて。 俺はその隣で、注文を待っているお客さんに試食用のアイスをつけて手渡す。 時折、佐伯の方を見たけれど、その日の勤務が終わるまで、佐伯は俺の方を一切見ていなかった。この時間帯は本来休みのはずなのに、高橋くんと橋本くんがわざわざ店に顔を出してくれていて。 女子バイトの子たちも、花束を抱えて「おかえり小瀧くん!」と口々に言ってくれる。 その空気があまりにもあたたかくて、胸が詰まりそうになった。 ひと通り挨拶を終えると、俺と佐伯は店長と本部のお偉いさんに呼ばれて、奥の個室へと通された。「……小瀧くん。本当に、いいんだね?」 慎重な声色。俺は一度、深く息を吸ってから頷いた。「はい。その……確かに怖い思いはしましたけど。俺の対応の仕方も、今思えばもっとやりようがあったのかなって考えることもあって」 言葉を選びながら、ゆっくり続ける。「それに、このお店に嫌な噂が流れるのも嫌で。俺は……前みたいに、みんなで楽しく働きたいんです。できるだけ、日常に早く戻りたい」 言い切った瞬間、少しだけ心臓が強く脈打った。 隣を見ると、佐伯はまだ納得しきれない表情をしていた。 それでも口を挟まず、俺の意思を尊重してくれているのが分かる。 店としての対応や今後の方針を改めて話し合い、結果的に被害届は取り下げることになった。 但し――加害者の二人は、今回の件だけではなく、これまでの余罪を追及され、今も勾留されていると説明された。 外から見て狙いを定め、閉店後に店員の親切心に漬け込み、脅して暴力を振るい、防犯カメラを破壊して逃げる……というのを繰り返していたらしい、店長が、こぼしていた。 治療や入院にかかった分の費用は加害者に請求され、さらに店側からもお見舞金が支払われて――正直、十分すぎるほどの補償だった。 個室を出る時、少しだけ肩の力が抜けた。 橋本くんも、表向きは元気そうにしていたけれど。 あの出来事のあと、ひどく自分を責めて、短い期間とはいえ眠れなくなり、バイト中に突然泣き出してしまうこともあったと、人づてに聞いた。 でも、今も隣にちゃんと高橋がいる。 何も言わなくても、その距離感や視線のやり取りを見れば、支え合っているのが分かった。 だから、俺も佐伯も、あえて何も言わなかった。「……じゃあ、無理のない範囲で、今日からお願いね。重いものは佐伯くんにお願いして。それから――」 店長の言葉を遮るように、佐伯が静かに立ち上がった。「すみません、店長。俺から、ひとつお願いがあるんですけど」 手にし
夜は、同じベッドに並んで、キスを一回だけ。 横向きになると眩暈がするから、腕枕はしばらくお預けだった。 それだけが少し寂しかったけれど、不思議と「孤独」を感じることは一度もなかった。 佐伯が、いつもそばに居てくれたから。 でも眠った後、俺は、あの日と同じ夢を繰り返し見ることがあった。 掴まれる感触。怒鳴り声。 床に倒れた時の、身体が追いつかない衝撃。 断片的なのに、目が覚めた瞬間、心臓が喉まで跳ね上がって、息ができなくなる。「南緒」「――っ、やめて、離して! 触んないで!」「南緒、大丈夫だから。俺のこと見て、目ぇ合わせて」「こっち来ないで……っ」 どんなに疲れていても、真夜中でも、佐伯は必ず目を覚ました。 状況を聞こうとはしない。理由も探らない。 ただ、背中に手を置いて、一定のリズムで撫でてくれる。「夢だから。……ここは、俺の家だよ。今は、俺と南緒しか居ない。誰も入れない。だから大丈夫、安心して」 そう言いながら、何度も、何度も。 俺の呼吸が整うまで、離れずに抱きしめてくれた。 日によっては、お粥すら喉を通らない日もあった。 急に眩暈がして、ベッドから降りただけでしゃがみ込んでしまうこともある。 時間をかけて作ってくれたものを、一時間も経たずに吐いてしまった日もあった。 それでも佐伯は、嫌な顔ひとつしなかった。「……薬だけ、取ってくるから待ってて」 そう言って、額に手を当てて熱を確かめて、 俺の身体を最優先にしてくれた。 ――けど。 日中、ひとりで居るとインターフォンの音だけで、 どうしようもなくパニックを起こした日もあった。『ただいま、保険の営業でこちらのマンションを周らせて頂いているのですが――』 ベッドからそっと降りて、パネルのスピーカー越しに聞こえてきた低い男性の声が、店での出来事を甦らせた。 鍵を壊されて、ドアが開いたらどうしよう。 無理やり、押し入ってくるかもしれない。 距離を詰められて、腕を掴まれて、また――。 気づいたら、スマホを握りしめていた。 画面を開く手が震えて、文字を打つのにも時間がかかる。 《すみと》 《誰かきてこわい》 《はやく帰ってきて》 それだけ送るのに、何度も打ち直した。 午後の講義を全部休んで、佐伯は帰ってきてくれた。
無事に退院して、そのまま俺は佐伯の部屋に身を寄せることになった。 母さんと何度か話し合って決めたことで、俺の部屋はベッドも小さくて動線も悪いし、日中は佐伯が大学に通うことを考えると、何かあった時すぐに対応できる方がいい――そういう、現実的で優しい判断だった。 玄関を開けた瞬間、ほんの少しだけ懐かしい匂いがして、同時に胸の奥がふわっと温かくなる。 何度も来ていたはずなのに、「これからここで過ごす」という意識が加わるだけで、見える景色が変わるのが不思議だった。 部屋に案内されて、すぐに佐伯がしてくれたことに気づく。 ベッドの位置が変わっていて、動かなくても手が届く範囲に、水、薬、リモコン、スマホの充電器。 椅子の位置も、立ち上がらなくていいように微妙に寄せられている。 ……全部、俺のためだ。 考えるまでもなく伝わってきて、喉の奥が少しだけ熱くなる。 期間限定とはいえ、ちょっとした同棲みたいで。 体はまだ万全じゃないのに、心だけが先に浮き立ってしまって、隠しきれない嬉しさがじわじわと滲んだ。 だって、これから二週間。毎日、佐伯の隣にいられる。「飯は俺が作るからやんなくていい。掃除もするな。とにかく動くな。ここにある物以外で欲しいのがあったら、いつでもいいから俺を呼ぶこと。分かった?」 畳みかけるような指示は、口調こそ淡々としているのに、全部が心配から来ているのが分かる。 まるで主治医の先生みたいで、思わず小さく笑ってしまった。「はーい……」 返事をしながら顔を上げると、佐伯がベッドの横に腰を下ろす。 その瞬間、ふっと細く長い息を吐いた。 張り詰めていたものが、ようやく少しだけ緩んだみたいに。 でも、その瞳はまだ曇っていた。 後悔と、不安と、悲しさが、静かに居座っているのが分かってしまって――俺は自然と手を伸ばして、その手を握った。「……佐伯、色々してくれてありがとう」 その一言が、合図だったみたいだった。 佐伯は何も言わずに、俺の肩に顔を埋める。 体重がそっと預けられて、吐息が首元にかかる。 そして、押し殺すみたいな小さな声で、ぽつりと零した。「今はこんなことしか出来ないから」 弱音なんて、普段ほとんど見せない人なのに。 それだけで、どれほど追い詰められていたのかが伝わってきて、胸がぎゅ
佐伯の視線が、俺の手に落ちる。「佐伯が来てくれたから……橋本くんも、高橋も、なんとか無事だった。それだけで、十分だよ」 少し間を置いて、続けた。「……だから、自分で自分を殴るみたいに、責め続けるのは、もうやめて」 その瞬間、佐伯の表情が、ほんの一瞬だけ崩れた。 息を詰めたみたいに、目を伏せる。 それから、掴まれた袖の上に、そっと自分の手を重ねた。 その直後、控えめなノックの音がして、母さんが病室に戻ってきた。 佐伯は、床頭台の上に置かれた治療と退院計画の紙へ、そっと視線を落とす。「……叔母さん、退院準備の件って、もう南緒さんには――」 母さんは小さく頷いた。「ええ。さっきまで、ちょうどその話をしていて……」 そのやり取りの間、佐伯は俺の方を見なかった。 代わりに、静かに近づいて、俺の膝の上に小さな花束を置く。 淡い色合いの花。 派手ではないけれど、病室の白にやさしく映える。「……」 お見舞い、なんだろう。 けれど花瓶には、すでに昨日の花が活けてある。 ありがたさと同時に、申し訳なさが胸に溜まっていく。 言葉にしようか迷っているうちに、佐伯が母さんの方をまっすぐに見た。 背筋は自然に伸び、逃げも飾りもない。「俺が」 一拍置いて、はっきりと。「南緒さんの、身の回りの世話をするのは……ダメですか?」 空気が、少しだけ張り詰めた。 母さんが戸惑ったように視線を彷徨わせる。「佐伯くんのことは、もちろん信用しているけど……あなたも、まだ大学生でしょう? 息子の友達に、そこまでさせるなんて、申し訳なくて出来ないわ」 その言葉が終わる前に、佐伯は深く、静かに頭を下げた。「……すみません」 勢いのある動作ではない。 けれど、迷いのない、覚悟を伴った動きだった。 俺も母さんも言葉を失い、その姿から目を逸らせない。 頭を下げたまま、佐伯は続ける。「俺と南緒さんは、ただのバイト先の友人関係じゃありません」 そこでようやく、顔を上げた。「……恋人同士です。俺は南緒さんを、心の底から好きで、側に居たいんです。心配で……今は、片時も離れたくないんです」 その声は驚くほど静かだった。 けれど、逃げ場を一切残さない、真っ直ぐな言葉だった。「お願いします。南緒さんの看病を、俺にさせてください」 佐
目が覚めたら、白い天井があって、ベッドの上だった。 あの後の記憶は、ほとんど残っていない。 救急車に乗ったことも、病院に運ばれたことも、断片的なイメージがぼんやりと浮かぶだけだった。 実家から新幹線で慌てて駆けつけたらしい母さんが、ぽつぽつと状況を教えてくれた。 俺はあの時、後頭部と首を強く打ちつけたことで脳震盪を起こし、さらに頸椎を捻挫していたらしい。 吐き気が出たのは、毛細血管に傷がついたことが原因だという診たてだった。 幸い、命に関わるような大事には至らなかった。 けれど、あと二センチずれていたら、目の神経が傷ついていた可能性もある、と医師に言われたそうだ。 退院後も、自宅で二週間ほどは安静にしていなければならない、とも。「……佐伯くんがね」 母さんは、少し言いづらそうに視線を落とした。「おとといの夜、すぐに電話をくれて。ここに着くまでも、着いてからも、何度も謝られたわ」 その声には、ためらいが混じっていた。「『リーダーとして指示した自分が悪い、助けに行くのが間に合わなかった自分のせいだ』って……謝罪と、その言葉ばっかり、繰り返して」 母さんにとっても、その時の佐伯の様子は強く印象に残ったらしい。 小さくため息をつき、肩を落とす。 佐伯は、悪くないのに。 誰よりも早く動いて、誰よりも守ろうとしてくれたのに。 それでも佐伯は、自分を責め続けていたらしい。 母さんがどれだけ「あなたのせいじゃない」と否定しても、頑なだったと聞かされて、胸の奥がきゅっと縮んだ。「……大学には事情を説明してあるから、しばらく休むとして」 母さんは、話題を切り替えるように続けた。「本当は、実家に連れて帰りたいところなんだけど……先生が言うには、負担になるから、長距離の移動はしちゃいけないらしいのよ」 少し困ったように、眉を下げる。「でも、私もこれ以上仕事を休めないし、父さんと今は一緒にいる理緒も……すごく不安がってるから……」 その言葉に、胸がちくりと痛んだ。 自分のことで、家族にまで負担をかけている。それが、どうしようもなく申し訳ない。 俺は、できるだけ明るく見えるように、母さんに笑顔を向けた。「俺は平気だから。もう帰って、理緒の側にいてあげて? 自分の部屋で、大人しくしてるからさ。また具合が悪くなったら、タクシ
「ち、違う。全然大丈夫だから。それより、橋本くんの方が……怖かったでしょ」 橋本くんは下唇を噛みしめながら、何度も首を横に振る。「でも……小瀧さんが、守ってくれたから……」 その一言で、胸の奥がほんの少しだけ緩んだ。 本当に、良かった。心の底から、そう思う。 けれど、隣で高橋が、苦しそうな表情のまま言った。「……唯を守ってくれて、ありがとう」 その言葉が、どうしようもなく胸に刺さる。 俺は慌てて笑顔を作った。 守れたのか、守れていなかったのか――分からない。 だって、俺の目の前で、橋本くんが身体を弄られたのは、紛れもない事実なのだから。「……橋本くんが連れて行かれなくて、本当に良かったよ。親切心につけ込んでくる、ああいう卑怯な奴っているからさ。今度から気をつけなきゃね。それより今日の夜シフト、女の子たちがいなくて本当に良かっ――」 言い切る前に。 横から、両手をぎゅっと包み込まれた。 思わず言葉を失って、二度、ゆっくり瞬きをする。 顔を上げると、佐伯が俺をじっと見つめていた。「もう喋んな」 静かな声だった。 目を逸らさず、冗談も混じらない、真剣な表情。「……手、震えてる。怖かったんだろ。あんなの、怖くて当たり前だ。隠すなって」 その一言で、初めて気づいた。 自分の手が、指先が、小刻みに震えていること。 肩も、呼吸も、全部がまだ緊張したままだったこと。「あ……」 喉が詰まって、それ以上言葉が出てこない。 顔を上げることも、できなかった。 そのタイミングで、警察官が事情を聞きたいと、橋本くんと高橋を呼びに来る。 二人は何度もこちらを振り返りながら、廊下へ出ていった。 バックヤードに残ったのは、俺と佐伯だけ。 ドアが閉まる音。 外の喧騒が一枚の壁を隔てたみたいに、少し遠のく。 その瞬間、佐伯は何も言わず、一歩近づいて――ぐっと、俺を引き寄せた。 胸に顔が埋まる。 腕が回されて、逃げ場のないほど近く、包み込まれる。 心の底から心配されているのが、その動作だけで痛いほど伝わってきた。 眉の寄せ方も、視線の揺れも、俺から一瞬たりとも離れない必死さも。 それを感じるほど、申し訳なさが込み上げてくる。 安心させたくて、口を開こうとした。 「平気だよ」とだけ、言えばいいはずだった。